2015 | 謎カレンダー
12月3日
発表された推理小説は世界的なベストセラーとなり、名探偵ポワロやミス・マープルなどを生み出した「ミステリーの女王」アガサ・クリスティ。
そのアガサ・クリスティ(当時36歳)が1926年12月3日、自宅をでたまま行方不明となった。これが推理小説の歴史に名を残す大事件、すなわち” Agatha Eleven Missing(アガサ・クリスティ11日間の失踪)” である。






8月28日
第一次世界大戦中の1915年8月28日。
敵国であるトルコのガリポリ半島に上陸したイギリス陸軍ノーフォーク連隊341名が、サル・ベイ丘へ向かって進軍していた。すると、丘の上から異様な”灰色の雲”がだんだんと降下し始めたという。
その灰色の雲はやがて丘を完全に覆い尽くし、ノーフォーク連隊はその雲の中へ行進していった。

しかし雲の中へ入って行ったはずのイギリス兵は、それ以降、誰一人姿を現さなかった。
彼らはどこへ消えたのか?この不思議な集団失踪事件の真相とは?

9月20日

2007年のこの日、ある1冊のいわくつきの本がチェコの首都プラハにあるチェコ国立図書館で
一般公開された。

この本は、聖書の写本とされ、359年ぶりにチェコへ帰還したと言われている。
「ギガス写本」と呼ばれるその聖書は、別名「悪魔の聖書」と呼ばれていた。

なぜ”聖書の写本”が”悪魔の聖書”と呼ばれているのか?
また、この本をめぐる、不思議な伝説とは?





7月5日

1884年のこの日、ある一隻のイギリス船籍の船が、喜望峰から1600マイル離れた公海上で難破するという事件がおきた。

この事件は、その裁判において後に「刑法」の”ある重要な法理”を確立したといわれる、大事件となった。
しかし、この遭難事件は、それだけでは終わらなかった。

実はこの事件は、その50年も前にある一人の小説家の小説によって予言されていたというのだ。
その小説家の名前は、”エドガー・アラン・ポー”。
シャーロック・ホームズを生み出しコナン・ドイルとともに、現代推理小説の生みの親とも言われる
小説家だ。

彼はなぜ、50年も前にその事件の小説を書くことができたのか?
また、現代の刑法にも多大な影響を与えた「ミニョネット号事件」とは?


 4月14日

1912年のこの日の真夜中、タイタニック号は海に沈んだ。

イギリスの客船タイタニック号 (Titanic)は、 当時世界最大の豪華客船の一つとして建造され、1912年4月10日、イギリスのサザンプトンを出港し、 アメリカのニューヨークに向けて処女航海に出た。 


その途中の14日の真夜中、ニューファウンドランド沖で氷山に衝突し、2時間40分で沈没したと言われている。 乗船者2208名の中、1517人が死者となり、世界最大の海難事故となった。

しかし、このタイタニック号の沈没は、はるか前より”予言”されていたという。
また、実は沈んだ船は”タイタニック号”ではなかったという噂もある。

果たして真相は・・・?

4月10日

1834年のこの日、ニューオーリンズのある邸宅で火災が発生した。
豪華な内装の3階建てマンションは、当時その美貌と優雅な立ち居振る舞いで注目を集めていた貴婦人とその夫の邸宅だった。
しかしこの火災の後、この建物内で起きていた誰もが疑うほどの残虐な恐ろしい出来事が明らかになるのである。

後年、この屋敷はアメリカで指おりの”幽霊屋敷”として有名になる。
果たして、このマンションで何が一体起こっていたのか?




1月31日

1862年のこの日、アメリカの望遠鏡製作者アルヴァン・グラハム・クラークによって初めてある一つの星が観測された。
その星の名は「シリウスB」。

当時の天文学の最先端技術によって観測されたこの星は、実は以前より”ある民族”の伝承の中で、確認されていた。
その民族とは西アフリカ・マリ共和国に住む”ドゴン族”。
このシリウスBの存在を、アフリカのマリ共和国に住むドゴン族は、はるか昔より知っていたのだという。

彼らはなぜそんなにも高い天文学的知識をもっていたのか?そして、ドゴン族の驚くべき宇宙観とは?



6月28日

1914年のこの日、オーストリア=ハンガリー帝国の継承者フランツ・フェルディナント夫妻が、サラエボを視察中、ボスニア出身のボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプによって暗殺された。
俗にいう「サラエボ事件」である。この事件がきっかけとなって、第一次世界大戦が開戦した。

しかし、この事件の背景には、奇妙な符号がいくつも存在していた。
司祭の見た予知夢や、ロシアで同日に起きた暗殺事件、そして、呪いのベンツの謎とは?

2月20日
2006年のこの日、60年以上も未解読のままだった、ある暗号が解読された。その暗号の名前は「Enigma」。

第2次世界大戦でドイツ軍が使い、その難易度の高さから連合軍を苦しめたと言われている史上最強の暗号である。大戦中に破られた暗号もあったが、未だ謎であった3つの暗号のうち1つを、ドイツの「M4 Project」と呼ばれるチームが解読に成功する。

一体、彼らは何者なのか?そして、暗号文は何を伝えていたのか?

4月1日
エイプリルフールのこの日、ミシガン州のトラヴァースシティーにあるラジオ放送WTCMからある番組が流された。それはアイプリル・フールのジョークとして企画された曲だった。

しかし、その放送の直後から、視聴者から不思議な証言が次々と寄せられたのだという。
その曲に歌われている”ある謎の生物”についての目撃証言だ。

エイプリルフールのジョークのために作られたはずの曲に、
なぜ、目撃証言があるのか?

都市伝説「ミシガンドッグマン」とは?そして、ドッグマンは果たして実在するのか?


11月22日
1987年のこの日、今なお ”史上最大の電波ジャック”といわれる事件が、米・シカゴのテレビ番組で起こった。
ニュース番組の途中で突然画面が切り替わり、謎の男が語りかける映像が流れたのだ。

その映像に現れたのはイギリスの音楽番組のバーチャル司会者であるCGキャラクター「マックス・ヘッドルーム」だった(写真下)。

その後、「マックス・ヘッドルーム事件」として名を馳せる、この史上最大の電波ジャック事件は、
一体なぜ起きたのか?そして、その犯人とは?

5月26日
1948年の5月26日、ある一人の男が息を引き取った。男の名前は「ミリン・ダヨ」。
胴体にサーベルを突き刺して貫通させるパフォーマンスを数限りなく行い、「不死身の男」と呼ばれた謎の人物である。後に、米タイムス紙上に『奇蹟の男(Miracle Man)』として紹介され、さらに不思議な予知能力すら持っていたとされるこの男は、一体何者だったのか?

そして、どうして”不可解な死”を遂げたのか?


9月19日
1936年のこの日、世界でもいわくつきの物件の一つとされるイギリス・ノーフォークにある「レイナムホール」(写真下)で、世界一有名な心霊写真が撮影された。

2万エーカーもの敷地内に佇む、築300年を超える重厚な屋敷で撮影されたその心霊写真は、のちに「褐色の貴婦人(Brown Lady)」という名前がつけられ、その幽霊とされる女性の正体まで判明しているという。
「褐色の貴婦人」の正体とは?一体、レイナムホールで、何か起きたのか?

また、本当にそれは”心霊写真”だったのか?



世界一有名な心霊写真が撮られた日

▲心霊写真が撮られた階段


1936年9月19日、カントリーライフ誌の撮影のためにカメラマン・ヒューバート・C・プロヴァンドと助手が「レイナムホール」に訪れた。
実はその100年前も前から、レイナムホールでは女性の幽霊が目撃されていたという。

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