実はナチスのアイヒマンが実験のヒントだった?~恐怖の心理学実験「スタンフォード監獄実験」が始まった日 | 謎カレンダー

実はナチスのアイヒマンが実験のヒントだった?~恐怖の心理学実験「スタンフォード監獄実験」が始まった日

8月14日
1971年8月14日から1971年8月20日まで、アメリカ・スタンフォード大学心理学部で、心理学者フィリップ・ジンバルドー の指導の下に、興味深い心理学の実験が始まった。
それは刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験である。

映画「es」の元になったとしても有名なこの実験は、ナチスの強制収容所の責任者であったアイヒマンにヒントを得て行われた実験だった。
果たして「人間性すらも否定してしまう恐ろしい心理実験」の実態とは?

「ミルグラム実験」~ナチスの強制収容所の責任者・アイヒマンとは?


東欧地域の数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に輸送する責任者であったアドルフ・アイヒマン(写真上)は、ドイツの敗戦後、南米アルゼンチンに逃亡して「リカルド・クレメント」の偽名を名乗り、自動車工場の主任としてひっそり暮らしていた。

彼を追跡するイスラエルの情報機関がクレメントが大物戦犯のアイヒマンであると断定し、その後捕まった彼はアイヒマン裁判と呼ばれる戦犯裁判にかけられた。その過程で描き出されたアイヒマンの人間像は人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む、一介の平凡で小心な公務員の姿だったという。

このことから「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか?  それとも、家族の誕生日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか?」という疑問が提起された。

この疑問から、「ミルグラム実験(アイヒマン実験)」(写真下)と呼ばれる、閉鎖的な環境下における、権威者の指示に従う人間の心理状況の実験が行われたのである。
結果、権威あるものの強い進言によって、一切責任を負わないということを確認した上で人は、たとえ人を傷つけることになっても、命令に従う傾向があると証明されたのだ。

「南米に逃れたナチス戦犯~ナチスの逃亡犯・アドルフ・アイヒマンが捕まったのは花束からだった」(別記事編集中)

「スタンフォード監獄実験」


この「ミルグラム実験」を、違うアプローチによって検証したのが「スタンフォード監獄実験」だと言われている。

1971年、米海軍は海兵隊刑務所で相次ぐ問題解決の為に、ある実験を準備し、資金を調達した。
実験はスタンフォード大学の心理学者フィリップ・G・ジンバルド博士を中心に組織され、同大学の講堂を刑務所に仕立て、模擬的な刑務所シュミレーションを行うというものだった。

模型の刑務所(実験監獄)はスタンフォード大学地下実験室を改造したもので、実験期間は2週間の予定だった。
しかしこのとき、まさかこの実験が後々まで問題となる大きな事件になろうとは、その時、被験者も研究者も、誰一人想像だにしなかったのである。 


実験の開始



実験内容はいたってシンプルで、新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人の内、コイントスによって11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせるというものだった。

実際に実験に参加した被験者は、みな最初は楽観的な気分だった。単に囚人、看守の服に着替えて刑務所風の質素な生活をし、報酬までもらえるユニークな実験といった程度の認識だったのである。そして研究者もまた、幾らかの騒動さえ期待したにせよ、さほど大きな問題は起こらないだろうことを予想していた。


囚人役の待遇


 (画像:映画「es」より)

心理学者ジンバルドーは囚人達に屈辱感を与え、囚人役をよりリアルに演じてもらう為に、自宅前でパトカーを用いて逮捕し、囚人役を指紋採取し、看守達の前で脱衣させ、シラミ駆除剤を彼らに散布した。

また、白色の女性用のスモック、もしくはワンピースを下着なしで着用させ、頭には女性用のナイロンストッキングから作ったキャップ帽を被せた。
そして歩行時に不快感を与えるため彼らの片足には常時南京錠が付いた金属製の鎖が巻かれた。更にトイレへ行くときは目隠しをさせ、看守役には表情が読まれないようサングラスを着用させたりした。(写真下)囚人を午前2時に起床させる事もあったという。


実験二日目の暴動




一日目はまるで穏やかにすぎたが、実験二日目、早くも事件が発生した。
囚人らは監獄内で看守に対して些細なことで苛立ちはじめ、やがて暴動を起こしたのである。彼等はストッキングと張られた番号をはぎ取り、ベッドを立てて監房の内側からバリケードを作った。
そして看守らはこの事態を重く見、補強人員を呼んで、問題解決にあたった。

しかし暴動は一向に収まらず、最後には囚人に向けて消火器を発射して怯ませ、その隙に監獄内に突入、全員を裸にした上で、暴動を主導した人物らを独房へと送ったのである

この暴動を契機に、講堂内では暴動やハンガーストライキ(絶食などによる抗議行動)、虐待行為が相次ぎ、スタンフォード大学の講堂は実験開始からたった一週間足らずで、あたかも本物の刑務所と化してしまったのである。


精神を錯乱させた囚人


実験二日目にして、とうとう一人の囚人が精神的に衰弱し、実験からの途中離脱を求めた。
しかし驚くべきことに、この段階で既に、看守らは自分達の役割を極めて真剣に自認しはじめていた。
彼等はその囚人を解放させまいとして”男は衰弱したように見せかけて、ウソをついているに違いない”と、研究者らに話して男を離脱させることに反対したのである。
そしてこの事態を知った囚人らは、いよいよ看守側に憤慨した。

彼等はもはやこの”刑務所”から逃げ出すことが出来ないと確信し、再び大きな暴動を引き起こしたのである。
こうして、精神を錯乱させた囚人役が、1人実験から離脱。さらに、精神的に追い詰められたもう一人の囚人役を、看守役は独房に見立てた倉庫へうつし、他の囚人役にその囚人に対しての非難を強制し、まもなく離脱。

このように、事態はどんどんと深刻化していき、やがては禁止されていたはずの暴力まで開始されていく事態となった。

実験の中止


この事態を受け、ジンバルドーは、実際の監獄でカウンセリングをしている牧師に、監獄実験の囚人役を診てもらい、監獄実験と実際の監獄を比較させた。牧師は、監獄へいれられた囚人の初期症状と全く同じで、実験にしては出来すぎていると非難。

ジンバルドーは、それを止めるどころか実験のリアリティに飲まれ実験を続行するが、牧師がこの危険な状況を家族へ連絡、家族達は弁護士を連れて中止を訴え協議の末、6日間で中止された。しかし看守役は「話が違う」と続行を希望したという。

(写真:心理学者フィリップ・ジンバルドー)

後のジンバルドーの会見で、自分自身がその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認識できなかったと説明した。


実験の結果

(YOUTUBE動画:「フィリップ・ジンバルド -普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか1」)

この実験によって証明されたとされることは下記であるとされる。

「権力への服従」:強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまう。

「非個人化」:元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまう。

(YOUTUBE動画:「フィリップ・ジンバルド -普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか2)

後にこの実験は”残酷な人体実験”とさえ呼ばれ、その倫理性 を巡って、博士らは多くの批判を浴び、参加者の間にも大きな遺恨が残された。ジンバルドーは、実験終了から約10年間、それぞれの被験者をカウンセリングし続け、今は後遺症が残っている者はいないとされている。



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