「バイカル湖の悲劇」・湖に消えた人々の行方は~「悪魔のクレーター」と謎の蜃気楼は一体なんなのか? | 謎カレンダー

「バイカル湖の悲劇」・湖に消えた人々の行方は~「悪魔のクレーター」と謎の蜃気楼は一体なんなのか?

6月16日
世界最高の透明度をほこると言われているロシアのバイカル湖。
2011年6月16日、バイカル湖で人々を乗せた船が姿を消した。
行方がわからなくなっているのは、4人の男性乗員を乗せて湖に入った遊覧船「ヤマハ」で、7人からなるレスキューチームによる捜索が行われたが、まだ行方はわかっていない。バイカル湖で古くから漁業を行っている漁師たちは、しばしば「行列」と「古代の城」、あるいは「古い時代のものだと思われる船舶」を目撃するという。

果たしてその正体とは? そしてこの美しい湖に隠された、ある悲しい歴史とは?




「シベリアの真珠」バイカル湖とは



世界で最も古い古代湖として知られ、アジア最大の湖と言われているロシア、シベリアにある三日月型の湖「バイカル湖」。標高456m地点にあるバイカル湖の面積は、琵琶湖の46倍もあり、また、標高最大水深が1,643mと世界で最も深い。非常に透明度が高く、その美しい景観から「シベリアの真珠」とも呼ばれている。
バイカル湖は1996年に世界遺産に登録されており、冬の5ヶ月間、この湖は凍結するが、特に3月には表面を覆う氷がひび割れ生まれたクラックが空に向かって立ち上がるという。

ヤマハのボード行方不明事件が起こる



2011年6月6日、バイカル湖に出たまま戻らない4人の乗ったヤマハのプレジャーボートを探索するために救助チームが派遣された。誰もが乗り手は十分に経験のある人物という。

ボートが出発したのはKabansk村で、4人が乗艇。彼らはすぐに戻る予定だったが連絡がとれなくなってしまった。その後別のモーターボートを探索に差し向けたが、出発後すぐに行方不明の状態となったという。

行方不明者の年齢は35~63歳で彼らはいずれも湖に習熟しているという。なぜ痕跡を残さずに消えてしまったのか?また、彼らの携帯電話は湖での電話の使用は可能にもかかわらず、ネットワークにつながっていなかった。
地元新聞は彼らが出港した後すぐに「霧にまかれたのではないか」と推測している。

一体どこへ行ってしまったのか?


彼らの消えた場所が、バイカル湖でもっとも奇妙な地域であるということもあり、「彼らはもう戻ってこないだろう」と言うような人々もいる。
4人が出発した直後に、霧が立ちこめ始めたとする話を地元新聞では掲載したが、しかし、救援隊が到着した時には霧は消えており、嵐などの悪天候も当日は一切なかった。

また、仮に彼らが濃霧や悪天候などによって岸に衝突したのだとしても、湖の湖岸を何十キロに渡り捜索しても、船の残骸がまったく見つかっていないということが奇妙だと捜索隊員たちは語る。
これまでも船が多く沈んでいる「「異常地帯」があり、今回船もその地域で沈んだのではないかと言う人もいる。


実はこのバイカル湖で消える人の数はかつてからあまりにも多く、住民たちも今までどのくらいの人間がバイカル湖で消えたかわからないという。
バイカル湖で古くから漁業を行っている漁師たちは、このバイカル湖で、しばしば目撃されるという「行列」と「古代の城」、あるいは「古い時代のものだと思われる船舶」のことを話す。
それらは蜃気楼のように現れ、また、決まった場所に現れるのではなく、バイカル湖の様々な異なった地域に現れるのだという。

そして、それらの蜃気楼が現れる時には、磁気障害が発生し、船の器材が使えなくなるのだという。その際には、ナビゲーションは一切効かなくなり、船は進行方向を見失うという。

「悪魔のクレーター」



また、今回の船「ヤマハ」が消えたと思われる水域の近くには、バイカル湖で最も水深が深い場所にある「悪魔のクレーター」と呼ばれる水域がある。これは、2平方キロメートルにわたり広がる水域で、ここは人や船舶が次々と消える場所として有名だという。

人々はここで起きる現象について「バイカル湖が人や船を飲み込む」と表現する。
この水域では、晴天で静かな日に、突然グルグルと水が渦を描きながら回転して、大きなクレーターのような形状を描き、そして、その回転がすべてを飲み込んでしまう。
この現象に関しては、数々の目撃談、文書、写真、そして、ビデオとフィルムが残されているという。

このように、様々な不思議な現象の起こっているバイカル湖には、ある悲しい歴史があるという。

バイカル湖の歴史~人類史上最悪・25万人の凍死者が眠る湖


このバイカル湖は「人類史上最悪の25万人の大量凍死者が眠る湖」としても知られている。

20世紀初頭にロシア革命の際に赤軍の手から逃れ、白軍50万人と、帝政時代の貴族、僧侶などの女性や子どもを含む亡命者75万人が加わり総勢125万人が、東へ東へと大移動を開始した。
8000キロもある広大なシベリア横断が始まったのだ。

季節は冬。3ヵ月後には厳しい寒さなどによって125万人がたった25万人となってしまった。
残った25万の人々は、それでもなんとか2000キロ離れたイルクーツクまでたどり着いた。しかし、人々の前には凍った巨大なバイカル湖がたちふさがっていたのだ。 

最後の力を振り絞って人々は厚い氷に覆われた、巨大なバイカル湖を横断しはじめた。
しかし悲劇にもその時、まれに見る激しい寒波が彼らを襲ったのだ。猛吹雪により気温は氷点下70度まで下がり、一瞬にして意識を失うほどの強烈な寒さの中、人々は歩きながら次々と凍っていき、そして死んでいったという。
あっという間に、湖面上に生きているものは存在しなくなった。そして、バイカル湖の湖面にて白軍は全滅した。


やがて春が来て雪解けの季節となり、バイカル湖の湖面の氷が溶け出した。25万の凍死者の屍は、ゆっくりとバイカル湖の水底深くに飲み込まれていったという。

バイカル湖の暗い湖底には今でもここで死に絶えていった数十万の魂が眠っているのだ。
果たしてバイカル湖でおこる数々の不思議な現象の正体は?



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